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〜モノを大切にするかたち〜
日本に残る蔵を訪ねて

「関東大震災にも耐え、東京の下町を支えてきた石蔵」

古くから残る日本伝統の建築物である蔵。時には大事なものを収納しておく倉庫として、時には住宅としても使われていました。住宅の洋風化に伴い蔵は減っていましたが、その機能性や実用性から最近、再び見直されています。日本に残る蔵を訪ねてみました。


地方などに出掛けると漆喰で塗り固めた、あるいは無骨な石を積んで作られた「蔵」を持つ家を見掛けます。

蔵の起源は実は定かではありません。鉄砲の伝来により城郭にも防弾・防火のために漆喰の壁が用いられ、江戸時代には天守などは土蔵造りとなりました。それ以降は火災に備えて、あるいは盗難防止のために町中の家でも蔵が盛んに作られ、ある意味、裕福さの象徴として蔵は倉庫や店舗などに用いられてきました。

そもそも蔵は極めて実用的な建築物です。

蔵の代表的な素材である土は温度を一定に保つ性質があるため、中の温度が外気温にそれほど左右されず、冬は暖かく、夏は涼しい特徴を持ちます。そのため、日本では代々、大事なものを保存しておくために蔵を使っていました。

谷根千の人たちが集い、修復を手掛けた歴史ある蔵

隣の公園から見ると、蔵の全貌を見ることができます。

今回の蔵

谷根千「記憶の蔵」
東京都文京区千駄木5-17-3 
TEL.080-6670-0142

そんな日本伝統の蔵を訪ねて歩く企画の第1回は、東京の下町、文京区東端から台東区西端の一帯、谷中、根津、千駄木エリア、いわゆる谷根千(やねせん)にある「谷根千<記憶の蔵>」です。

東京メトロ千代田線駅を降り、駒込方面に向かって団子坂を登ったところに「谷根千<記憶の蔵>」はあります。大通りに面した場所はきれいな高層マンションが建てられていますが、一歩路地を入ると低層の個人住宅ばかり、建物の佇まいはモダンな家々ですが、どこか下町の風情を残した場所、それが谷根千という町です。

「谷根千<記憶の蔵>」を管理している元『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』の編集者山崎範子さん。現在は大正大学地域構想研究所が発行する『地域人』で編集を担当されています。

現在「谷根千<記憶の蔵>」の管理を主に行っているのが、山崎範子さん。この街の歴史と文化を掘り起こす目的で1984年に発行された『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』の編集をされていました。残念ながらこの雑誌は2009年、94号を持って休刊になりますが、雑誌を刊行していたときにこの蔵の活用・修復に関わった縁もあり、現在でもこの蔵を管理し、雑誌作りで集積した資料を所蔵し、地域資料アーカイブとして公開することを目標に整理などを続けているそうです

「この蔵はもともとこの近くに住んでいた佐野のものです。建てられた年ははっきりしませんが、関東大震災前に建てられたということはわかっています。建主は近くにある東大の医学部の先生だったそうで、それが縁で戦後、この地域で看護活動に従事している東京看護協和会がこの蔵を譲り受け、派遣看護婦の研修の場所、また派遣看護で留守にしているときの荷物を置く倉庫としてずっと使われていました」

そんな歴史を持つ蔵ですが、1996年から住民有志が集まり「けんこう蔵部」を結成、古い蔵の掃除や修復に取り掛かります。大工や左官などの専門家と一緒に修理を行うワークショップまで開いて壁板などを貼っていき、壁などは漆喰を塗って専門家も加わって修復していったと聞きます。毎月1回はここでバザーを開催、簡単な健康診断や相談なども行い、地域活動のために使われていました。現在は『谷根千工房』が建物と隣りの木造家屋を賃貸しながら管理しています。

映画保存協会などが借り手となっていた歴史がありますので、蔵の中には映画に使われていた映写機やフィルムのリールなどが並んでいます。

2007年から10年余りは地域の映画フィルムを文化財として保存する活動に取り組むNPO法人映画保存協会がこの蔵の借り手となり、事務所としても使っていました。

「今でも映画上映会などが定期的にここでおこなわれていますが、スクリーンを設置したのは彼らです。現在の設備のほとんどがその時のものです。その後、映画保存協会はこのようなスペースが必要なくなったので別の場所に移転しました。映画保存協会で16ミリや8ミリの小型映画に特出した人が独立して今は借主のひとりになっています。それ以外にも和室の離れをフリーランスとして活躍する宮大工さんともこの場所をシェアしています。大工さんは時折、家の修繕までやってくれているそうです。

蔵は本当に涼しい。湿気もないので、保存には打ってつけ

「今はエアコンを設置していますが、蔵は本当に涼しいんです。それにこの蔵、床下が高く作られていまして、床下が90cmぐらいもあります。今はそこに使えなくなった映写機や昔の火鉢などを収納しています。古い映写機はほかの映写機の部品取りのために保存する必要があるので。縁の下は乾いているので、湿気も気になりません」

蔵の重たい扉は建てられた当時のままです。厚く、黒漆喰を使った扉にこの蔵の歴史を感じます。

1階の床板は張り替えていますが、重い扉は作られた当時のままです。黒漆喰を使った重たい扉で蔵らしさの象徴と言えます。「そろそろ修繕したいと思っていますが、これを直すのにはとてもお金がかかります。扉を直すために募金を集めていますので、ぜひ参加してくださいませんか」と山崎さんと笑います。

よく映画なので観る蔵とは違い、2階への階段はとても緩やかな作り。これならば日々生活するのも便利です。

2階には貴重な本が壁一面に並んでいます。天井を見ると、梁の太さはそうとうなもの。日本伝統の職人技が光ります。

2階には膨大な量の『谷根千工房』の資料が本棚にずらりと並んでいますが「雑誌が終わる時に廃棄したものもありますが、後々、図書館では借りられそうにない本を選んで残しました。2階の床も全部貼り直しました。壁に寄り添うように本棚を作れば、下には負担がかからないと建築家の方からアドバイスされましたので、こんなかたちになったのです」と山崎さんは話します。1階も2階も天井を見上げると太い梁が使われており、現在の建築物よりもかなり頑丈な作りと思われます。

蔵の1階。映画会などのために正面にはスクリーンが貼られています。左の壁はワークションに参加した人が修繕したもので、板の裏側には参加者の名前が入っているそうです

現在でもときどきこの蔵で名作の上映会が開かれていますが、1階はレンタルスペースの場としても使われ、地域に住む人たちが時折使用しているそうです。そのスペースの使用料は蔵の維持、修理費用として活用されているそうです。「谷根千<記憶の蔵>」は、東京には珍しい古くからの蔵であり、東京の下町に完全に根付いた場所。これからも地域の人たちに支えられ、ずっと残っていくに違いありません。

取材・文/小暮昌弘
撮影/稲田美嗣

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