モノを愛する人の暮らし
「I am a collector」
Vol.1 収集家の奥深き世界
アナログレコードをバーに託して保管する
これが好きだ、これを手元に置いておきたい。そう思って増えていくコレクション。明らかに“お宝もの”もあるだろうが、中には他の人からみれば何の変哲もないものであることもある。けれどもその存在自体が愛おしく感じられるものは、その人の人生を確実に豊かにしてくれる。そんな素敵な人生を送っている人たちのストーリー。
素敵な人生を送る今回のコレクターは…
原 裕章氏 株式会社シップス代表取締役副社長
業界きっての音楽好き。収集したアナログレコードの預け先は?
日本を代表するセレクトショップ「SHIPS」で副社長を務める原裕章さんは業界では音楽好きとして知られています。学生時代から楽器を嗜み、昨年30回目を迎えたセレクトショップを中心にしたバンドが集うライブ「LIVE DE CHRISTMAS」に初回から毎回参加する数少ないメンバーのひとり。所有するアナログレコードやCD、音楽関係の雑誌や膨大な数と聞きます。
そんな原さんが最近、家に所有していたアナログレコードの一部を預けているのが、恵比寿にあるロックバー「セイリンシューズ」です。店名は、アメリカのロックバンド「リトル・フィート」のセカンドアルバムのタイトルが由来で音楽ファンには昔から知られた店です。カウンター越しに整然とアナログのLPレコードが並んでいますが、原さんがこの店に預けているのは、「数えていませんが、300枚くらい」と語ります。
「膨大なコレクションは、自宅の2カ所そしてロックバーに」
「CDが発売されたときに、これからはCDの時代と、(アナログのLPなどは)処分してしまいました。たぶんゼロにしたんじゃないかな。(いま所有している)アナログレコードは、実はここ10〜15年で再度買い直したものです。もちろん全部中古で買い求めました。アナログレコードは、昔は安い値段だったものが今は高くなっています。昔は500円くらいで買えていたのが、今は8,000円くらいになっているレコードもあるくらいで。最近、アナログレコードはこの店に来て聞いているので、自宅ではあまり聞かなくなってしまったかもしれません(笑)」
膨大な数のアナログレコードとCDを所有する原さんは自宅では2カ所に分けてコレクションを収納している。アナログレコードは楽器とともに1階の自分用の部屋に。「たまに家内がこの部屋に来ると学生の寮みたいねと笑います」と原さん。CDは家族団欒のリビングルームに並べ、見た目も考えて、テーマを決めてCDをよく並べ変えているそう。
音楽との出会いは
原さんがレコードを買い始めたのは、中学生の頃から。6歳年上の兄が音楽好きで、その影響で、ザ・ビートルズ、レッド・ツェッペリンなどのロックを聴き始め、同じころギターを弾き始めました。高校に入ってバンド活動をスタート、中央大学に進んでからは、スタジオを自由に使えるということで先輩にコメディアンの高木ブーを輩出したハワイアン部に入って音楽活動に勤しんでいました。
「音楽って、プレイ(=演奏)するのが好きな人と、聴くのが好きな人と分かれます。もちろんどちらも好きな人もいますが、僕は圧倒的に聴く方が好きなタイプです。(音源を聴く)オーディオにもあまりこだわらない。スマホで聴くのでもいいくらいなんです(笑)」
そんな原さんが好きなミュージシャンのひとりが70年代を中心にジャンルを超えて活躍したベーシスト、チャック・レイニー。スティーリー・ダン、アレサ・フランクリン、クインシー・ジョーンズなど、参加したアルバムは数百以上と言われている名プレーヤー。
「彼はソロアルバムも出していますが、基本はスタジオミュージシャンです。でもずっと音楽を聞いていて、好きなアルバムにはこの人が制作に参加していることが多いんですね。彼が参加することにより、白人シンガーでも黒人音楽のニュアンスが加わります。僕はそういった音楽が好きなんです」
「業界に入ったころは米西海岸ブームで、音楽とファッションが一致していた」
原さんがファッション業界に入ったのは1970年代後半の大学生のころです。「SHIPS」の前身で、渋谷の道玄坂にあった伝説のショップ「MIURA & SONS」で、アルバイトで働き始めました。
「店に入ったころ、日本ではアメリカの西海岸ブームの真っ只中。雑誌『ポパイ』が創刊され、イーグルスがアルバム『ホテル・カリフォルニア』を出し、スケートボードやフリスビーなど、西海岸生まれの新しいスポーツが日本にも次々と紹介されたころです。そんなアメリカウエストコーストのカルチャーと音楽とファッションに注目が集まりました。みんなロングヘアーでフレアのジーンズ をはいて。LAと、ロックと、ジーンズ が完璧に一緒になっていました」
『MIURA & SONS』でかける音楽も原さんの仕事のひとつでした。
渋谷にある「タワーレコード」で新譜のレコードを買い求め、それをカセットテープに落として店で曲を流す毎日。仕事が終わると渋谷の明治通り沿いにあるロックバー「グランドファーザーズ」に通う日々が続いたと聞きます。
「店でかけるのはやはりイーグルス、ジャクソン・ブラウン、ドゥービー・ブラザーズが多かったかなぁ。なかでもドゥービーは人気でしたね。でも先輩が日本のロックにも注目していて、意外に日本のミュージシャンの曲もかけていましたよ」
『セイリンシューズ』にはシティポップを中心に日本のミュージシャンのアルバムも多数並んでいるコーナーがあります。そんななかから原さんは珍しい1枚を選んでくれました。
「この『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』(1972年)は、山下達郎がデビュー前に自主制作したアルバムです。ビーチボーイズやドゥーワップのカバーで構成されています。これは再販されたアルバムですが、オリジナルはそうとうな高値で取引されていますよ」 そんな珍しいアルバムの隣りには、ロックバンド、はっぴいえんどの一員でソロでは数々のヒットを出している大滝詠一と「SHIPS」がコラボレーションしたスペシャルボックスも並んでいます。7inchシングルレコードとTシャツが入っており、マニア垂涎の一品で、実はこの「セイリンシューズ」でも販売中。「プログレとヘビメタは聴かない。それ以外はなんでも好き」と原さんは言いますが、守備範囲はとにかく広く深いと見受けられます。所有するアナログレコードやCDも数もさらに増え続けるに違いありません。
原さんの膨大なコレクションの一部が壁面に収められています
取材・文/小暮昌弘
撮影/稲田美嗣