生き方

モノを愛する人の暮らし
「I am a collector」

それを見ると心が躍り、つい集めたくなってしまう。自分の心を豊かにするアイテムやグッズに囲まれて過ごす日常はどんなにか幸せなことでしょう。そこで、自分のお気に入りをコレクションしている方々にインタビュー。他人から見れば何の変哲もないモノであっても存在自体が愛おしく感じられるものが人生を確実に豊かにしてくれる。そんな素敵な人生を送っている人たちのストーリー。

Vol.3
靴の成り立ちや構造を知るために
スニーカーをコレクションする

単にモノが好きだからコレクションする人もいるし、 “お宝モノ”を自分以外の人に見せた時の高い評価を期待してモノを集めている人も多い。最近では、後々高値で販売することを想定して特定のモノを集めている人も多いと聞きます。しかし埼玉県蕨市に住む靴職人五宝賢太郎さんは、まったく違う理由で靴をコレクションしています。彼の目的は靴に関するテクノロジー=技術を知るために。そのために毎週のようにスニーカーを買い求めています。

素敵な人生を送る今回のコレクターは…

五宝賢太郎(ごほうけんたろう)氏 靴工房GRENSTOCK(グレンストック) 靴職人

プロフィール
1981年徳島県生まれ。茨城大学生活用品デザイン科に進学。在学中から埼玉県蕨市の靴匠、稲村有好氏の元で修業を積み、07年氏の工房を引き継ぎ、10年に名称を『GRENSTOCK(グレンストック)』とし、オーダーシューズとシューリペアを専門とする靴工房にします。2016年にはリペア専門の2号店を六本木にオープン。革靴を含め、靴すべてに詳しく、週に1、2足は買うほどのスニーカー好き。TVドラマ「陸王」で足袋型シューズ開発の監修も務めました。

革靴やスニーカーの中身を知るためには、リペアは絶好の機会

埼玉県蕨市で靴工房「GRENSTOCK」を営む靴職人の五宝賢太郎さん。子供の頃からティッシュボックスにハサミを入れて見様見真似で靴を作っていたほどの靴づくり好き。大学進学後は蕨市で「時代屋」という靴工房を開いていた稲村有良氏に弟子入りし、その技術を学んでいましたが、氏が他界した後はその店を引き継ぐかたちで『GRENSTOCK』を開きました。

もちろんオーダーで靴を一から仕立てることも得意ですが、五宝さんがこの店で力を入れているのがシューリペアです。以前、その理由を尋ねると「どんな靴でも内部を見ることができる。靴職人にとって、これほど素晴らしい経験はない」と話しました。オープン当初から多くの靴マニアがリペアのために通う店となり、ここ数年は欧州の有名靴ブランドのリペアを一手に引き受け、有名百貨店との取り引きも始まり、さまざまなメディアにも取り上げられるようになりました。

工房の2階の倉庫にも積まれた五宝さんのスニーカーコレクション。工房でも自宅でもスニーカーは箱に入れた状態で収納しています。

靴の職人と言うと、手縫いなどで紳士用の革靴を仕立てることをイメージする人が多いでしょうが、五宝さんの靴への興味は多岐に渡ります。革靴ならばメンズ用でもウィメンズ用でもデザインしますし、サンダルやワークブーツをデザインしたり、前述のリペアも大好き。
中でも五宝さんが好きなのはスニーカー。これは「週に1、2足を買う」ほどのマニアです。

工房の2階には革靴も収納されています。欧米の名品が積まれ、中には相当古いものと思われる靴の箱も見えます。

「僕が靴をコレクションするのは、靴に関するテクノロジーを知るため」

「コレクションしたいというのでもないし、プレ値(=高い価格)が付くから買い求めるということもないですからね。例えばこのマウンテンリサーチとリーボックがコラボしたモデルも、靴紐を通すプラスチックパーツが面白いと思って買いましたしね。靴職人から見た時に、普通ならばこんな付け方、こんなパーツを選ばないと思うと興味が湧いてしまい、買ってしまうのです。ジョン ロブのハイカットのスニーカーは、型紙の取り方がわからなくて買いました。この靴にマスキングテープを貼って、それを平らにして型紙みたいなものを作ってみましたが、今のところ、そこまでやっても(作り方は)迷宮入りしています(笑)」

仕事などでスニーカーを持ち運ぶ時には1916年製の英国製のトランクに入れて。トランクの中にあるのは、「ジョン ロブ」のスニーカーから「マウンテンリサーチ」と「リーボック」がコラボした最新のモデル。リカルド・ティッシが「ナイキ」で作らせたモデルなど、多彩なスニーカーをお持ちです。

「ナイキ」がデザインした新作で「スペースヒッピー」というモデルがあります。このモデルは資源が限られ、補給ミッションがない火星の生活をヒントに、廃棄物をテーマに作られたスニーカーで現在入手困難になっているモデルですが、五宝さんはこの靴の構造やパーツなど、スニーカーの背景にあるものを知るために「靴を完全に分解してしまった」と笑って話します。プレミアム価格で転売を企む“転バイヤー”が聞いたら卒倒してしまうかもしれません。

五宝さんのコレクションから①

五宝さんに今、気になるスニーカーを披露していただきました。これが話題の「ナイキ スペースヒッピー」。ローカットは分解してしまいましたが、ハイカットはまだ原型のまま。アッパーやソールにリサイクルした素材が使われています。

スニーカーの情報を得るのは、雑誌やウェブの新製品情報なのではなく、スニーカーブランドの気になるデザイナーたちのFacebookなどのSNSなどをチェックしています。
「ナイキのレジェンドでティンカー・ハットフィールドというデザイナーがいて、来日した時に東京の足袋屋さんにいるところをアップしているんです。同じナイキでもマレーシア出身のデザイナーはまだ28歳なんですが、食虫植物からヒントを得てデザインしていることをSNSにアップしていました。意外に(スニーカー新作の)プロトタイプも写真が掲載されることもあるので、必ずチェックしています」
「邪の道は蛇」と言いますがスニーカーコレクターの達人は企業デザイナーの名前まで探り、最新のスニーカー事情を取材しているのです。

五宝さんのコレクションから②

人気の米ストリートブランド「フィア オブ ゴット」と「ナイキ」がコラボレーションしたモデルは白と黒の2足を持っています。「ソールの構造が素晴らしく、すごく好き」と五宝さん。

昔のスニーカーは加水分解して履けなくなることも

蕨にある靴工房にも同じ町にある自宅にもたくさんのスニーカーや革靴のコレクションを持つ五宝さん。実は新型コロナウィルスの中、多くのスニーカーを断捨離してしまいました。

古くなってしまって剥がれてしまったスニーカーの靴底。これをスニーカーの「加水分解」と言います。こうなるとリペアしても元通りにはできません。

「断捨離した理由は、1990年に発表されたナイキのエア・ジョーダン5をダース、つまり12足を持っていました。それも開けずに(大きな)ジョーダンの段ボールのまま持っていたのです。久し振りに開けたら、中で(スニーカーが)ボロボロになっているんです。スニーカーは箱の中で劣化したらアイスクリームが溶けたみたいにグチャグチャになってしまいます。それは『加水分解』と言って、空気中の水素と化学反応して分解してしまうんです。特に底が危ない。その当時の靴でこれを避ける手立てはないんです。それが加水分解しなくなるのは2003年くらいからのスニーカーからです」

靴を断捨離する時に、五宝さんは「これはと思うモデルからプラスチックパーツなどを取り出して、標本のようにカタログ風にストックした」と話します。断捨離してもただ捨てないところが靴好き、靴職人の五宝さんらしい。
「スニーカーと革靴とかよく人は分けて考えますが、僕には垣根はないんです。スニーカーにはハイテクモデル。これは最近の技術を用いて作られたモデル。一方、伝統的な手法で作られたローテクモデルがありますが、僕はどちらのスニーカーにも興味がある。靴を作るテクノロジー、靴を履き走るテクノロジー、その両方の技術に対して興味があるのです」

五宝さんのコレクションから③

『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』に登場した未来のスニーカーをそのまま形にした「ナイキ アダプトBB」。シューレースがなく、ワンタッチでフィットが調節できます。「ワイヤレス充電できる装置まで付いていますよ」と実際に操作してくれました。まさに未来のスニーカー。

長年集めたスニーカーや革靴のコレクションから古い技術を伝承・研究し、さらに新しい技術で現代に必要な靴を創造する五宝さん。
すでに彼がすべての開発を手掛けたスニーカーもこの春から販売がスタートしています。

五宝さんが開発を手掛けた「ルコックスポルティフ」の「クラフテッドスニーカー」。これは発売予定のハイカットモデルで、ローカット版はすでに発売中。「アメリカのオフィサーシューズをベースにしたダービーシューズで、靴底には最新のテクノロジーを導入し、快適な履き心地が味わえます。

一度断捨離してしまったスニーカーのコレクションですが、スニーカー好きの五宝さんのこと、これからも日々、コレクションは増えていくことに違いありません。

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GRENSTOCK 蕨店
埼玉県川口市芝5-19-19
TEL.048-261-9241
営業時間 10:00〜20:00 日曜定休

取材・文/小暮昌弘 撮影/稲田美嗣

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